戦争・軍事 > 戦争と音楽の深い関係|戦史研究家のロシア名曲鑑

故郷を失う反革命派将校が唄う「ロシアの草原」

戦史研究家のロシア名曲鑑 7
(戦史研究家&ロシア歌曲歌手・ミハイル・フルンゼ

故郷を失う反革命派将校が唄う「ロシアの草原」(Русское поле)
 ロシア歌曲が好きな人の中でも、“通”といえる人が好む歌がある。「ロシアの
草原」(Русское поле)である。作曲者は、これも日本でよく知られる叙情的歌
曲「鶴」(Журавли)を作ったヤン・フレンケリである。
 
“草原よ、ロシアの草原よ  
 輝く月か 溶けゆく雪か
 幸福と苦難 あらゆる人生の悲哀を
 お前と共に‥
 森にも 海にもたとえがたい 私の草原
 私のふるさと だから言うべき言葉もない
 素晴らしいロシアの草原
 私は ただ風にゆれる 小さな草の穂”
 だいたいこんな歌詞である。心にしみとおるようなメロディに惹かれるため
か、日本語の翻訳歌詞もある。しかし、訳者には悪いけど、とても唄えたもの
じゃない。まず、作曲者自身がピアノを弾きながら唄う「ロシアの草原」を聴い
ていただきたい。
ヤン・フレンケリ「ロシアの草原」(元映像)

 他のロシア曲の多くと同じように、この歌が好きな日本人の間でも曲の由来は
ほとんど知られていない。実は、この曲、1968年にソ連で作られた国内戦争が
テーマの映画「予期せぬ出来事」(Новые приключения неуловимых)の挿入曲な
のだ。
 1960年代から70年代にかけて、旧ソ連は政治的、経済的に円熟期を迎えてい
た。かつての“建国神話”をおりなすロシア革命後の反革命派・外国干渉軍との赤
軍の戦い=国内戦争もエピソードが、まるで“勧善懲悪”のドラマ「水戸黄門」の
ような娯楽ドラマに仕立てられて映画化されていた。
 「予期せぬ出来事」もその一つ。ウクライナ方面での赤軍と白衛軍(反革命
派)の激しい戦闘を織り交ぜながら、次第に黒海に突き出したクリミヤ半島に押
し込められていった反革命派の悲哀と運命をそこにスパイとして潜り込んでいっ
た4人の若い赤軍兵の目を通して描いている。異色のソ連映画だが、反革命派を
それだけ客観的に突き放して描くことができる余裕が出たということか。
 映画の中では、クリミヤ半島南端部の町にあるプールバーで酒と賭けビリヤー
ドに憂さを晴らす白衛軍将校たちの中の一人がギターを手にしみじみと唄うシー
ンで「ロシアの草原」は登場する。
 「ロシアの草原」歌唱シーン(元映像)

 騎兵中尉は、もうすぐ祖国の地を離れる悲哀とロシアへの愛を切々と込めて
唄っている。これを赤軍兵が唄っても、様にはなるまい。明らかにカメラワーク
は、反革命派将校たちを“同胞ロシア人”の視線で写し取っている。
 戦史的にいうなら、クリミヤの地から離れたロシア反革命派の将兵たちの多く
は、フランス外人部隊に吸収されて第2騎兵連隊の母体を形成した。彼らは1920
年代半ばにモロッコ、シリアを転戦してフランスの版図拡大に奉仕し、やがて消
えていった。
 前にも書いたが、ロシア歌曲のうち映画の挿入歌だったものは映画そのものよ
り人気が出て、どんな由来だったか忘れられてしまっているものも多い。この曲
は旧ソ連で爆発的ヒットを記録したのだが、当時、経済的には安定していたもの
の政治的に閉塞状況にあったことが関係しているのではないかと思われる。
 激しいベトナム戦争が世界規模の核戦争に発展する可能性は、多くの人々を不
安がらせていたし、旧チェコスロヴァキアで「人間の顔をした社会主義」の追求
をした政権がソ連を中心としたワルシャワ条約機構軍の侵攻で潰されたのは1968
年である。「社会主義共同体を防衛するため」とのソ連当局の説明が、どれだけ
国民を納得させていたのか。「世界から嫌われるロシア」にロシア人たちがうん
ざりしていた時代である。
 「それでも、ロシア人の心のふるさとは、時代を超えて草原にある」−そんな
語りかけを「ロシアの草原」から人々は聞き取ったのかもしれない。
「予期せぬ出来事」は、ロシアのサイトで鑑賞できる(78分間)。ただし、字幕
は当然、無しである。
(『予期せぬ出来事』鑑賞サイト

続く