ヒマヒマなんとなく感想文|

拉致

(森川晃 2010,8)


「拉致 北朝鮮の国家犯罪」高世仁 講談社文庫
「拉致家族「金正日との戦い」全軌跡」佐藤勝巳編 小学館文庫
「拉致の海流」山際澄夫 扶桑社文庫
「拉致」中薗英助 新潮文庫
「家族'08」北朝鮮による拉致被害者家族連絡会 光文社文庫
「拉致 国家犯罪の構図」金賛汀 ちくま新書

<拉致>

 8歳のとき知能テストを受けた。
図形をいくつか見て次の図形を予測するとか、大きさや向きや模様の違う図形を見て相似のものを見つけるとか、数学の知識がなくてもイメージで何とかなる。時間をかけて考えれば答えを導けるものばかりだが、如何せん時間制限があった。つまり、短時間でいかに仕組まれたトリックに気づくかどうか試すものだった。

学校の一般的なテストは知識を確認するものなので、違和感があった。これが何の力を試しているものかさえよくわからなかったし、正答も教えてもられなかった。
結果も明確な点数は教えてもらえなかったが、試験後しばらくしてから担任教師に呼ばれて、「点数は君が学年で1番だったが、評価は2番だった」と言われた。誕生日の違いで評価が異なるらしい。結局、何が何だかわからないまま大人になった。

一つ言えることは、このテストで1番だろうが、2番だろうが、その後の当方には何も有効に働かなかったことだ。ちなみにこのとき評価が1番だったMくんも小学校を卒業してから、縁がなく、大成したという噂も聞こえてこない。

 知能テストについては、それ以来何の興味もなかったし、もう一度トライする機会もなかった。
 社会人になって、転職を繰り返していたとき、入社試験をいくつか受けたが、ここでは適性テストというかたちで、はるか昔に受けた知能テストに近い試験を実施するところもあった。これも結果を教えてもらえなかったが、入社したある会社で、勤務後しばらくして、庶務担当の女性から「適性テスト、ものすごくよかったみたいですよ」と言われたことがある。評価は、ほぼ天才の域に達していたらしい。

実はこれにはカラクリがある。午前、別の会社の入社試験を受けて、ここで受けた適性テストと、午後、入社した会社で受けたそれが同じものだった。時間をかけて考えれば答えを導ける問題に2倍の時間が与えられたことになる。天才は簡単に生まれるのである。ちなみに、午前に適性テストを受けた会社からも内定通知が届いた。適性テストは入社判定の絶対基準ではないのかもしれない。


 山田英司くんはまさに天才だった。彼は図形認識もさることながら、数値に関して異常とも思える勘が働いた。たとえば、

(1)○△□○△△□○△△△□○△△ の次は、なんでしょう
 この答えは△である。○と□に挟まれた△が一つずつ多くなるパターンに気づけばよい。同じパターンでも、これが数値になると視覚的にはわかりにくくなる。
(2)31631263123631234631234 の次は、なんでしょう。

 この答えは5である。3と6に挟まれた数列が一つずつ多くなるパターンに気づけばよい。しかし、挟み込む数値(3と6)と、挟まれる数列(1、2、3・・・)を識別できなければどんなに考えても答えは導けない。区切りがわかるかどうかですべてが決まるのだ。おそらく(1)が得意な人と、(2)が得意な人は、回答までの論理回路が異なるだろう。また、(1)は視覚的に解釈できるので、論理的思考が不得手でも、カメラのような記憶が可能な人にも解けると思われるが、(2)は符号を論理的に理解しなければならない。さらに計算処理を施さなければならないケースもある。しかし、希に、カメラのような記憶を直接計算することができる人がいる。この人には計算をしているという意識はない。

 このような意識を伴わない認識ができる人には空間認識に優れた人もいる。一般の人は夜空を眺めて星座を確認するが、この人には、その星までの距離の知識があり、そのせいで地球からの見た目ではなく、宇宙空間の中に点在する点群として認識してしまう。とても平面的な星座には見えないらしい。また、特定の星、たとえばペテルギウスに着目して、そこに惑星があったとして、この惑星から見た星座も見えるらしい。地球から見たものとは全く異なる星座が見えてしま う。

 さて、8歳の山田少年は、いつものように数字で遊んでいた。友人に適当な数字を書いてもらい、そこからパターンを見つけ、10番目がいくつになるか当てていた。

「5、8、11」
「これは簡単だね。32。」※1
「1、4、8」
「これだけではパターンはいくつもあるから無理だよ。もう一つ教えてよ。」
「1、4、8、26」
「それなら、49630に決まるね。」※2
 桁数はあまり関係ない。瞬時に答えは導かれてしまうのだ。
 そして、問題を出す方も慣れてきた。どんなかたちでもだんだん数が多くなる数列にはパターンがあるらしい。それならば、これはどうだろう。
「3、5、1、9、3」

 問題を出した方もやけくそである。答えは乱数だろうか。
「5。これは、循環しているね。」※3

 ところで、問題を出しているのは、普通の8歳なので、適当にいくつかの数値を言っているだけで、パターンの有無には気づいていない。もちろん10番目の答えを聞いてもうれしくも何ともなかった。それでも、友人たちは特別扱いすることなく、芸のひとつと認識して楽しんでいた。もちろん、いじめの対象にもな らなかった。ほかのことはごく一般的で、学校が終わってから、明るいうちは、川で魚をとったり、森で虫をつかまえたり、都会では考えられないが、山村では珍しくない子どもだった。山村でも夜はテレビゲームで遊んでいて、山田くんはこれが得意だった。どんなゲームでも誰よりも早く攻略していた。これもある意味、一般的な子どもである。そんなのどかな山村の風景は、長くは続かなかった。

「英司。英司、どこ行ったんだ。」
 ある日の朝、山田家では大騒ぎになっていた。とは言っても、世話好きのお里婆さんだけが、わけのわからないことを叫んでいるだけなのだが。

「おばあちゃん、どうしたの。近所迷惑だからやめてくださいよ。」
 何事もなかったかのように、いつも通り、家族3人分の朝食を作りながら、山田家に嫁に来た佳子さんが対応した。
「何を落ち着いているの。英司がいないのよ。」
「英司?」
 佳子さんは、お義母さんがとうとうそんなことを言う人になってしまったと察した。
「お義母さん、何を言い出すの。まだまだ元気でいてほしいと思っているんですよ。」
「わたしゃ、ボケちゃいないよ。孫の英司がいなくなったのに、何を落ち着いているの。警察に届けなきゃ。」

 どうやら、お義母さんはウチに孫がいると思いこんでいるらしい。しかも具体的に名前まで決まっている。私をからかっているにしては、ずいぶん計算されている。特に仲が悪いわけではないが、めんどうになってきたので、軽くとりなすことにした。
「ウチは、お義母さんと私とお父さんの3人家族。孫はいません。」
 お里さんはつきあいの悪い嫁と思ったのか、家を飛び出してしまった。

「邦博くん。英司を見なかった?」
 登校中の子どもに声をかけた。
「山田さんのところのお里さん、おはようございます。」
 田舎の子どもは、近所の人にもきちんと挨拶をする。
「英司は、どこにいるんだい。」
「?」

 お里さんの様子がいつもと違うことを察したが、8歳の彼にはどう応えればよいのかわからなかった。

「英司って、誰?」
「同じクラスの山田英司だよ。」
「ウチのクラスにそんな子はいないよ。遅刻するから、もう行くよ。」

 邦博くんは、生まれて初めて大人に気を遣うことを覚えた。とりあえず、関わらないようにするのが賢明なのだ。

 お里さんは、学校に行った。2年クマ組の担任に声をかけた。

「ウチの孫、山田英司は学校に来ていますか?」
 クマ組の担任は、最初、この人が誰かわからなかった。生徒の親族なら何となくわかるが、そうでもない人はさすがにわからない。こちらが黙っていると、「孫がどうしたこうした」と何度も繰り返す。これから朝礼なのに困った人だ。何とか追い返したい。そして、山田さんのところのお婆さんであることにようや く気づいた。

「お里さんですよね。神社の隣の山田さん家の。」
「そうだよ。それより、ウチの孫はここにはいないのかい?」
「あの、さっきからおっしゃっていることを私なりに解釈すると、私のクラスにお宅のお孫さんが在籍なさっていると、そう思われているようですが。」
「その通り。1年のときもお世話になったじゃろ。」
「失礼ですが、そのようなお子様は預かっておりませんが。」
「何ですって。」

 お里さんは何が何だかわからなくなってきた。間違いなくこのクラスにいたはずだ。それなのにクラスメートも担任も知らないと言う。どうなっているんだ。英司は神隠しにでもさらわれたのだろうか。それにしても、誰も知らないというのはおかしい。

「先月、社会科見学で町の博物館に行ったじゃろ。そのときの集合写真を見せてくれないか?」
「よくご存じですね。お子様のいない家の方が、こんな地味な学校行事を知っているなんて。」
「だから、孫が・・・。」

もう何を言っても信じてもらえないと悟ったのか、お里さんはおとなしく差し出された写真を見た。案の定、孫は映っていない。この写真では、背の高い邦博くんの前に英司が立っていて、頭が上下に並んでトーテムポールのようになっていたはずだった。それなのに、邦博くんの前には誰もいない。じっくり見ると、英 司が立っていたはずの列には4人、後ろの邦博くんの列は6人。バランスがよくない気がする。しかし、そんなことを追求してもきっとかわされてしまうだろ う。どうなっているんだ。

 その写真は、クラスの全員に配られていて、お里さんは家で見ていたのだ。急いで家に帰ったが、もちろん写真は見つからなかった。

 途方にくれて、村のあちこちを歩き回っていた。そして、気づいたら森の中に来ていた。すると、背後から大きな影がのっしのっしとゆっくり近づいてきた。そして、大きな手がお里さんの肩に触れようとした。その邪悪な空気に気づき、振り返った。

「なんだ、クマ公か。」
「相変わらず口が悪いなあ。急に振り返るからびっくりしたじゃないか。それより、一体どうしたんだい。森の中をうろうろして。食べ物でも探しているのかい。」
「のんきな奴だね。」
「まあ、これだけがボクの取り柄なんだ。」
「言葉の使い方が間違ってるよ。そんなことより、孫がいなくなっちまったんだよ。」
「孫・・・英司くんのことかい?」
「おや、クマ公は英司のことを覚えてくれていたんだね。おまえだけだよ。村のみんなは英司を知らないと言うんだ。」
「英司くんはよく森に遊びに来ていたからね。ちゃんと覚えているよ。特に水遊びが好きだった。ボクが魚を捕りに行くときはたいてい付いてきて、いっしょに獲ろうとするんだ。英司くんにはボクのような大きな爪がないから獲れないけどね。」
「だから、いつも泥だらけで帰ってきたんだねえ。クマ公のところに行くとろくな事がない。」
「そんなこと言うなよ。この村の子どもはたいていクマと遊ぶから、自然にクマと話ができるようになるし、親御さんからも手がかからなくて助かるって聞いてるよ。だいたい、お里さんだって、子どもの頃、ボクの3世代くらい前の親と遊んでいたから、こうしてボクと話ができるんじゃないか。それより、英司くんは機転が利く子みたいだね。川の流れを堰き止めるダムを造って、そこに魚を追い込んでいたよ。いろんな子どもを見てきたけど、あんなことをする子はいなかっ たなあ。まるでビーバーだね。」
「おや、この森にはビーバーがいるのかい。」
「これも、英司くんに教えてもらったんだ。アメリカやカナダの森にはいるらしいよ。」
「そんなことより、英司はどこに行っちまったんだよ。神隠しの仕業かねえ。」
「何だい、それは。」
「神様にさらわれたのかもね。」
「神様って、ヒトの思いこみだろ。実在しないモノが、実在する者を消すことはできないよ。だいたい、ある土地では、ボクたちクマを神様に仕立て上げているみたいだよ。ボクが神に見えるかい?」
「それじゃあ、誰が・・・。」
「村のみんなも知らないんだろ。」
「昨日まで、間違いなく存在していた英司を、絶対に知っているはずの英司を今日は誰も知らない。存在していた証拠も何も残っていない。村のみんながグルになって私をからかっているのだろうか?」
「これは村レベルの仕業じゃないね。徹底しすぎているよ。それに、悪ふざけにしてはやりすぎだね。」
「すると・・・」
「国レベルの大きな力がはたらいているような気がする。賢い英司くんを何らかの理由で必要としたのではないかなあ。」
「そんなバカなこと・・・あり得ない。」
「そうかなあ。ボクたちクマは太古の昔から何も変わっていない。森で生まれて、食べ物を探して、子どもが生まれて、そして世代交代する。果てしない繰り返しを重ねても何も変わらない。また、変わろうとも思わない。変わる必要もない。でも、ヒトは変化している。食べ物を自給し、森を切り開いて街を作り、飛行 機で移動する。世代を重ねるごとに変わっている。」
「私はそんなたいそうなことを考えて生きていないけどね。」
「お里さん個人ではそうかもしれないが、誰かがそう考えて、それを実行させているのは間違いない。」
「おまえさんは・・・何かとんでもないことに気づいているのか?」
 饒舌だったクマさんは、この一言で、ふと我に返った。そして、ややトーンを落として、話を続けた。
「そ、そういうことではないけど・・・はっきりしているのは、すべての生き物でたったひとつ、ヒトだけが変わっていくのは不自然ということだ。誰かが意図して変えていかなければ、決して宇宙に飛び出そうなんて発想には至らないよ。」

 その日の夜、公民館で村のみんなに鍋が振る舞われた。村ではときどき、こうしたイベントが催されていたのだ。
「今日は珍しい肉が手に入ったので、みなさんにお裾分けという次第です。遠慮なく食べてください。」
 村長の口上が終わるやいなや、村のみんなは鍋をつつき始めた。
それは、クマ鍋だった。

「おいおい、食べられちゃうのかい。」
 脱稿直前、当方の脇腹を何かがつんつんしている。クマが鼻を押しつけているのだ。
「ボクが登場する話は、もっとほのぼのしたかたちで終わらなければダメだよ。だいたい、後半にボクが登場したところで、もうこの話はオチているじゃないか。いくらシリアスに仕立てようとしても無理があるよ。」
「じゃあ、どういう話がいいのかな?」
「たとえば、森の中でボクに会ったときに、いっしょに暮らしていることを明かして、無事であることを伝える。」
「オチは?」
「英司くんはクマになっちゃった。」
「それは、安易じゃないか。誰でもクマになれるわけではないよ。自然な流れというものを作っておかないと、わけのわからない話になってしまう。このあたりが作家の腕のみせどころなんだ。」
 ヒトがクマになるのに、自然な流れなんて絶対にないと思ったけど、やさしいクマさんは何も言わずに部屋の隅に戻り、寝てしまった。


※1 数列:5、8、11・・・
 a(k) = a(k-1) + 3
※2 数列:1、4、8、26・・・
 a(k) = a(k-1)*2 +a(k-2)*3-6
※3 数列:3、5、1、9、3・・・
 a(k)=mod((((a(k-1)*2-3)*4)-7,10)