ヒマヒマなんとなく感想文|

「百名山の人 深田久弥伝」

(森川晃 2010,6)


「百名山の人 深田久弥伝」田澤拓也 角川文庫

 登山は年々楽になっているはずである。一般的な登山は行けるところまで公共交通機関で登り、そこから山頂をめざすものなので、開発が進むほど楽になるのだ。また、登山者が多ければ登山道も整備される。当方は、1985年のJAL123便の墜落現場の尾根を、事故以前に通過したことがあるが、比較的厳しい登山だった。メジャーな場所ではなかったせいか、山頂までのアプローチは長く、登山道も簡単なつくりだった。

事故後、慰霊登山者のために山腹まで道路が、そこから山頂まできちんとした登山道が整備された。軽装備でも登頂可能になったのだ。かといって、整備された文明を利用せずに、かつてのルートをたどるのはいかにも変人だろう。

 この本に触発されて、登頂してみると案外あっけない箇所は少なくないと思う。しかし、それもすべて受け止めて記録としての登山を読みとることができれ ば、十分有意義だろう。苦労するのが登山ではない。あくまでも見聞を広めるための旅行の一環と考えて、かつての登山者の情熱を感じていたい。



<知床山岳救助隊>


 山の遭難事故が止まらない。案外多いのが登山経験者よる軽装備の登山での事故である。山のことを多少知っていることが仇になる。何も知らなければ過剰装備により安全が保たれることがある。重い装備は苦痛なので、慣れてくると適度な装備に落ち着く。このとき、やや多めで落ち着けばよいのだが、少なめで落ち着くと事故につながる。これはモノだけでなくヒトも同じ。自分の能力の過信が事故につながる。

しかし、遭難しないように十分備えていても、相手は厳しい自然なので、どうしても事故を無くすことはできない。そこで、どの山系にも救助隊が組まれている。たいていは消防や警察などの人を助ける公務員と、地元の山岳会のメンバーが招聘されている。彼らは、一般の人よりは山に慣れているが、山深い場所での事故や、気象条件が悪いと分が悪い。そんなときは自衛隊に依頼することになるが、それでも絶対大丈夫とは言えない。

「もっと効率的な救助方法はないものだろうか。」

これが、救助に関わる多くの人の正直な意見である。


ある日、山岳会のメンバーである山田くんがテレビを見ていたら、丁度、南米の大地震で瓦礫に埋まった人を助けるシーンが映った。訓練された犬が探して、救助隊員に知らせ、その隊員が仲間を連れて現場に出向き、無線で本部に状況を報告し、しばらくすると重機を持った別働隊がやってきて、ようやく瓦礫の下の人を助けるというシーンである。悲惨だが、まあよくある感動的なシーンである。このとき山田くんは画期的なアイデアを思いついた。

「犬が探して、その場で助ければ早いじゃないか。」

しかし、犬には瓦礫を持ち上げる力がない。まてよ、ヤツならできる。


 次の日曜日、合同訓練のため、救助隊員が集まっていた。ちょっと不謹慎だが、彼らの目当ては、訓練後の打ち合わせと称した宴会である。山田くんは普段は好青年なのだが、酒には目がない。酒のためならどんな約束も平気で破るし、人格も破綻する。しかし、今日は違う。

 いつもの通り、ダッシュとストレッチで体をほぐし、一通りの訓練メニューをこなした後、宴会場に向かっていた。すでに大広間では料理が並べられ、あとはビールの栓を抜くだけである。隊長の挨拶が始まった。とっとと終えるようヤジが飛ぶ。そして、山田くんにマイクが渡された。

「よっ、宴会部長」

 声援もいつも通りだった。しかし、ここから山田くんの衝撃的なパフォーマンスが始まったのだ。

「みなさん、今のままの救助システムでよいのですか?」

 会場のみだらな雰囲気は一変して緊張感が走った。

「英司、どうしたんだよ。」

 まだ、中には空気の読めない者もいたが、彼も徐々に緊迫に包まれていった。ちなみに、山田くんは山田英司という名前である。

「まず、我々は本当に山に詳しいのでしょうか?」

 辛辣な問題提起である。

「我々は、山の近くで暮らしているに過ぎない。決して山の中ではない。そして、鼻は利くのでしょうか?
遭難者を探すとき、犬に頼っていますよね。
それに、力がありますか?

大木に挟まれた人を助けるときには重機を使っています。」
「何が言いたいんだ?。仕方がないじゃないか。これが精一杯なんだ。」

 隊長は、あっけにとられているみんなの意見を代弁した。

「おっしゃる通り、ヒトの限界です。でも、クマならすべての条件を満たします。」

 一同はざわついた。なぜ、今まで、こんな簡単なことに気づかなかったのだろう。

「しかし、クマは協力してくれるのだろうか。」

 隊長は、冷静に当たり前の疑問をぶつけた。

「大丈夫です。」

 クマの着ぐるみを着た山田くんは、動じることなくきっぱりと言った。


 このときの山田くんの着ぐるみは、クマの喉元から本人が顔を出すタイプで、遠目には頭の上にクマの頭が乗っているかたちになっていた。もちろん全身は着ぐるみなので、後ろから見ればクマそのものだった。


「なあ、だから頼むよ。協力してくれよ。」
「えっ、無理言うなよ。確かにボクたちは山の中でヒトを探せるけど、めんどくさいよ。」

 山田くんは、クマたちを懸命に説得していた。

「お礼はするから。」
「お金なんかいらないよ。食べられないし。」
「そうか・・・。それなら食べ物はどうだい。」
「そうすると、ヒトを探すよりも、もらえる食べ物を探すことになるよ。」
「なるほど、クマがお礼の食べ物が保管してあるベースキャンプの周りに集まるだけか・・・」
 二人が困っていると、突然、絶妙なアイデアが降臨してきた。
「そうだ。登山者が全員、君たちの分の食べ物を持てばいいんだ。」
「ん?」
「遭難者の食べ物を食べてよいことにするんだよ。そうすれば、みんな必死になって探すから必然的に早期救助も可能になる。」
「なるほど。ヒトではなく、食べ物を探すなら、きっとみんなも喜んで協力してくれるよ。ゲームみたいでおもしろいよ。」


 そうと決まれば、あとは登山者にクマ用の食料持参のお願いだ。登山口に看板を立てるだけでなく、忘れた人のためにコンビニも建てよう。また、テレビCMでも持参を促そう。


 一夏が過ぎ、残念ながら遭難者はゼロにはならなかったが、クマ隊のおかげで一人の犠牲者も出なかった。ただ、クマ用の食料を持たずに遭難した人からは助ける順番が遅くなったとか、怪我をしているのに運び方が乱暴だったとかの苦情はあった。それでも世論はクマ隊の活躍を認めるようになっていた。

 そして、秋が深まり、一年で最も危険な冬登山の季節がやってきた。自動車道は閉鎖され、本格派だけが入山するようになった。入山者の総数は少ないし、なにしろ本格派なので、遭難の可能性は低いが、もし、遭難したら悲惨な結果になる可能性が高い。救助隊としては気が抜けない。


「山田くん、冬もクマ隊でバッチリだな。」

 隊長は、陽気に声をかけてきたが、山田くんは寂しそうに応えた。

「冬は無理です。」
「どうして?・・・あっ。」

 隊長は、ふと重大な事実に気づいた。

「そうか。そうだよな。冬にクマはいないよな。」
「隊長、それに・・・私も・・・」

 隊長は、山田くんがクマになりかけているのを察した。彼が何か言いたそうにしているのを遮り、こう言った。

「春になったら、みんなを連れて戻っておいで。」
「ありがとうございます。でも・・・キツネくんに道案内くらいしてくれるよう頼んでおきましょうか?」
「いいから。後のことは、こちらに任せて。ゆっくり休みなさい。」

 雪の降りしきる闇夜に、救助隊事務所には一足早く春が訪れたと思えるような、そんな隊長の優しい一言で、山田くんは、安心して森の中に帰っていったのだ。