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英米有力メディアが見た"日本の大手メディアの北朝鮮報道 1

(報告:常岡千恵子)


  今回は、英米有力メディアによる、日本の大手メディアの北朝鮮報道
を伝える記事をご紹介する。
  これらの記事の中には、すでに日本の大手メディアが紹介したものも
あるが、より詳しい要約をご高覧いただきたい。

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『ネイチャー』(英)  2005年2月3日号
     −拉致で対立する日朝で、燃えるDNA問題
  昨年11月15日、北朝鮮が、横田めぐみ氏の遺骨だとする火葬骨を
日本政府に提供した。

  帝京大学では、遺骨から取り出した5つのサンプルを鑑定した結果、
横田めぐみ氏とは異なる2人の人物のDNAが検出された。
  昨年12月、この結果が北朝鮮政府に伝えられたが、1月26日、北
朝鮮政府は、この結果を捏造だとする声明を出した。

  日本の外務省スポークスマン・高島肇久氏によれば、北朝鮮は鑑定方
法に疑いを差し挟み、遺骨は摂氏1200度で加熱され、DNA検出は
不可能だと主張した。
  北朝鮮の声明文は、警察庁科学警察研究所が検出できなかったDNA
を、なぜ帝京大学の研究者が検出できたのか、とも訊ねていた。

  日本のDNA鑑定エキスパートの一人である、帝京大学の吉井富夫氏
は、いくつかの理由を挙げた。
 
 DNAをPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法で1度増幅させる従来の
プロセスではなく、DNAを2度増幅させる、nested PCR法という非
常に繊細なプロセスを用いたことと、彼が与えられたサンプル自体が、
他の施設に与えられたものより質がよかったかもしれない可能性があ
るし、DNA鑑定には「標準化された方法はない」と述べた。

  日本では、火葬骨でDNA鑑定が行われた例は少なく、吉井氏も含む
大半の専門家が、DNAが摂氏1200度の高温に耐えられるとは考え
にくい、と考えた。
  吉井氏も、「まったくの驚きだった」と言う。

  だが、DNAは、このような高温に晒されると、短時間しかもたない。
  信州大学の鑑定専門家の福島弘文氏は、「温度だけからでは、何とも
いえない」と言う。

  いずれにせよ、火葬骨の鑑定の経験がない吉井氏は、彼の鑑定結果が
確定的ではなく、サンプルが汚染されていた可能性もあると認めた。

  彼は、「骨は硬いスポンジのようなもので、何でも吸収する。もし、
遺骨を取り扱った人間の汗や油が染み込んだとすれば、これを除去する
ことは不可能だ」と語った。

  日本政府は、DNAの再鑑定を希望しているともいうが、吉井氏は、
与えられた5つのサンプルは、最大のもので1.5グラムしかなく、全
部鑑定に使ってしまったと言う。

。。。。。。。。。。。。。

  世界的な影響力を持つ、英国の一流科学雑誌による報道だが、鑑定を
担当した帝京大の吉井氏に直接取材したのは、さすが!!

 日本の大手メディアは、いつもは被害者が日本人だと大騒ぎするのに、
なぜこのような、鑑定結果の核心に斬り込む独自取材を行わなかったの
だろう?
  この鑑定結果が日本政府にとって、高度に政治的な意味を持つものだ
からだろうか?
  だったら、なおさらのこと、鋭くメスを入れてしかるべき、である。

  イラク戦争前に、米政府の大量破壊兵器に関する情報操作に踊らされ
た、米国の大手メディアの失敗も記憶に新しい。

    詳しくは、こちらを参照↓
      大手英米メディアの自衛隊報道9-1
                                
  米国の教訓に学び、政治的な重要性を帯びたネタだからこそ、掘り下
げて国民に伝えるべきであるのに、やはり購読料を払っている読者より、
お偉方と政治ダンスを踊ることのほうが大切なのだろうか。

  以下は、この記事に対する日本政府の反応への、『ネイチャー』の返
答である。

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『ネイチャー』(英)    2005年3月17日号
     −政治と現実
          日本の政治家は、どんなに不愉快でも"科学的不確実性"を
     直視すべきだ。彼らは北朝鮮との戦いに、科学性を犠牲にする
      ことなく、外交的手段を動員すべきである。
  日本のある週刊誌によれば、小泉内閣は、先月『ネイチャー』に掲載
された記事に、フラストレーションを覚えながら"頭を抱えている"。

  北朝鮮の発言ひとつひとつを疑うという点に関して、日本は正しい。
  しかし、日本のDNA鑑定結果の解釈は、科学の自由に対する政治の
介入、という境界線を越えている。

  日本政府は、『ネイチャー』の記事に対し、鋭く反応した。

  細田官房長官は記者会見で、『ネイチャー』の記事には「不十分な表現」
が含まれており、鑑定担当者の発言を不正確に伝えたと断言したと伝え
られた。
細田氏は、記事中の意見は「一般論」であり、鑑定担当者に発言を確認
したところ、このケースにあてはまるものではない、と述べた。

  一方、鑑定担当者本人は、すでに取材不可能な状況にあるようだ。

  遺骨が汚染されていたかもしれないということは、免れ得ぬ事実であ
る。
  北朝鮮によれば、遺体は摂氏1200度の高温で火葬される前に、2
年間地中に埋められ、しかもその後、夫の家に保管されていた。
  北朝鮮がまったくの嘘をついている可能性もある。
  だが、日本政府が根拠とするDNA鑑定は、問題を解決しない。

  問題は、日本政府がまったくの科学的事項に干渉しているという事実
である。

  鑑定は、もっと規模の大きなチームが行うべきだった、という他の日
本人科学者たちの主張は、説得力がある。
  日本政府は、なぜたった一人の科学者に任せたのか……しかも、本人
は、すでにこの件について自由に話すことができなくなっている様子だ。

  日本は、外交上の失敗を補うために、必死の努力をする方針のようだ。
  あるいは、さらに正確に言えば、日米の安全保障同盟の失敗を補うと
いうことにでもなろうか。

  日本は、米国の支持を得て、北朝鮮に対し、別の手段を講じることが
できたか?
  明快な答えは出てこないが、この問いは別の言い方に置き換えられる。

  もし、全体主義国家が米国民を拉致した場合、米大統領は、遺骨の
DNA鑑定結果をめぐって議論を続けるだろうか?

  日本の政治・外交上の失敗の一部が、科学者の仕事に転嫁されている。
  科学者の仕事とは、実験から結論を引き出すとともに、結論に関する
疑いも提示することだ。

  だが、日朝の摩擦は、DNA鑑定で決定されるものではない。
  同様に、DNA鑑定結果の解釈は、両国政府によって決定されるもの
でもない。
  北朝鮮を相手にするのは難しいことだが、科学と政治の分離というル
ールを破る行為を正当化するものではない。

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  読んでのとおり、科学的事実を政治的に利用するなという、かなり厳
しい反論だ。
  吉井氏に発言させない、日本政府の閉鎖的な対応にも、ご不満の様子。

  世界的に権威ある一流科学雑誌の報道とあって、この件は米大手メデ
ィアにも、飛び火した。

続く