東長崎外(国内)北海道

石狩紀行・護衛艦いしかりの錨

(写真/文:神博行)



護衛艦いしかりの主錨


 平成22年3月に石狩浜で座礁したベトナム貨物船を見学しに札幌から自転車を漕
いで3時間、尻が痛くて堪らない中、浜へ行く道を発見した時であった。
そこには温泉やら史料館やらが建ち並び、北海道らしくない古い木造建築群があっ
た。
古い建物風に建築された新しい建築群であったが、そこに「錨」が展示してあり
「ぴーん」と来た。
旧軍か自衛隊関連の錨に違いない。
海上自衛隊の護衛艦としても最小の護衛艦であった「いしかり」
早速近寄って見ると果たしてそうであった。
海上自衛隊護衛艦いしかりの錨と記念碑であった。
石狩市の名前と同じ護衛艦「いしかり」は長年石狩市民と交流を持ち、石狩港へ寄港
し体験航海などを実施して市民との交流を深めてきた。

そう言えば私も「いしかり」の体験航海へ石狩港まで来たことがあった。
とても小さな護衛艦であったと記憶している。
記念碑にも最小の護衛艦と記されてある、記憶に間違いはなかった。
護衛艦いしかりの記念碑


護衛艦いしかりは大湊を母校として昭和56年に就役し26年間青森県以北の来たの
海を警備担当区域として活躍した。
「いしかり」型1番艦として海上自衛隊初の中央船楼型を採用、主機にガスタービン
エンジンを搭載、可変スクリューを採用するなどシステム艦の先駆けになった護衛艦
であった。
海上自衛隊の新時代を切り拓いた画期的な護衛艦だったのだ。
護衛艦の顕彰碑を残すなんて立派!


その護衛艦「いしかり」は北海道を流れる石狩川から採られた名前で、石狩市はその
名を冠した護衛艦として「いしかり」は市民に愛されてきたのであった。

そんな護衛艦いしかりの退役は平成19年10月17日、総行程5167696マイ
ル地球約24周、総航海3745日、長さ85メートル、基準排水量1290トン、
定員90名、21代の艦長の名も刻まれている。
そしてこの護衛艦は戦歴は当然なく、災害派遣で大韓航空機捜索と有珠山噴火に伴う
災害派遣が戦歴となっている。
戦闘艦として撃沈されて慰霊碑となったり、栄誉ある戦歴を残した訳でもない護衛艦
がこのような立派な記念碑とその主錨を保存して顕彰されるなんて珍しいのではない
だろうか。

そう意味ではとても幸運な護衛艦と言っていいのではないだろうか。
また、軍事嫌いの日本にあって、このような記念碑を建立している石狩市は立派だな
と思うのであった。