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戦車兵神博行の自衛隊チェック126

(日本軍戦車と米軍歩兵の共同作戦)


『アメリカ兵を戦車に跨乗させる』


 アメリカ兵との訓練は機能別訓練と言う、歩兵の米軍は訓練地へ歩いて前進す
ると言う、戦車部隊の我々は「そんなんじゃ訓練にならん、戦車に乗れ!」と米
兵を戦車に跨乗させた。
 米兵の部隊には戦車が無く、初めて見た戦車がこの74式戦車だと言うアメちゃ
んもいた。
ジェットコースターに乗るようにはしゃいで居たが、戦車のエンジン室は乗り心
地はそんなによくない。
『戦車に跨乗した米兵』



 それにエンジンの上は走行中熱くなる、真冬なら良いが…、それと排気ガスは
目が痛くなる、身体にはよくない。
 自衛隊と米軍の感性の違いを痛感したのもこの訓練だ、演習場ではいろんな部
隊が訓練している、他部隊の訓練中にその地域を通過する場合には「状況外」と
して無線のアンテナに白いウエスを掲げていたのを、米軍が無線で「お前達は戦
う前から降伏するのか」と言われた、怒った小隊長は「毛唐め!、白旗を取れ」
と命じた。
また対戦車ヘリも戦車を発見すると攻撃する訓練を繰り返した。
歩兵も移動して停止する度に近くの草を偽装するのに取り替えていた。
『動く前は楽しそう』


 以前の米軍は弾の管理もずさんで、富士の演習場には米軍が埋めた弾薬が結構
あたりした、しかしこの頃には厳しくなり、中隊の運幹(運用訓練幹部1尉)が
米軍の機関銃を射撃させて貰ったら撃ち殻薬莢を回収させられたと言っていた。
米軍の対戦車ヘリが林内からニューッと現れ攻撃された時は、戦車の無力さを感
じた、林の中では砲も振れず、いきなりだと重機関銃で応戦も出来ない。
 日米共同訓練はとても刺激的だった。ちなみに我が戦闘団(連隊)の中で我々
の中隊は戦闘群となって配属の普通科、施設だけで無くヘリ部隊も中隊長の指揮
下に置かれた、豪華だね。
『米兵を乗せて進む』



 我が中隊長は戦車には滅多に乗らない、常に下車偵察する中隊長だった。確か
転属前は偵察教導隊で教官していた、しかし戦車大隊で中隊長経験もあるベテラ
ン機甲幹部であった、後に第2偵察隊隊長になった幹部だ。
 そんな中隊長の写真が朝雲新聞の一面に大きく掲載されていた、前線で米軍と
協議している写真だ、凛々しい写真だった、しかし戦車に乗っていないのがバレた。
『坂道を登る』


 騎兵の時代から指揮官陣頭なのは伝統なのだ、立派な中隊長だった。
防大出身の幹部だった、食事も皆に配食が終り食べているのを確認してから箸を
持つ人だった、結構有名な機甲幹部だ、あちこちで噂を聞いた。この時の演習で
私は小隊長車に乗っていた、小隊長は曹長から3尉候補者の試験を受けて三尉に
なった幹部である。
戦車部隊に長く勤務し古参陸曹出身だが、戦車は素人だった。
機甲科でも機甲通信の通信小隊の通信陸曹だったのだ。
「長く自衛隊に居て初めて敵を見たよ」と語ったのには驚いた。
後方に居たのでは敵と戦う機会も見ることさえ無いのだ。
『グッドラック』

続く