ヒマヒマバブル絶好調道の川柳・森川晃

アトランタ・名古屋・ニュージャージー1



【はじめに】

 「高速道路は渋滞するようになって一人前」というのが当方の考えである。高
速道路のような高価なインフラは、著しい需要に応えるものであってほしい。交
通集中による自然渋滞が発生するくらいの需要があれば、この区間には高速道路
が必要だった と言えると思う。

 首都高速道路の開通当初は、まだ自動車よりも鉄道の時代だったので閑散とし
ていた。ほぼ同時期に開通した名神高速道路も同様である。ところが、数年で自
動車の需要が多くなった。東名高速道路が全通するころには、ようやく既存の開
通区間に渋滞が発生するようになった。1970年ころのことである。このころ
から都市間高速道路は全国に拡大していった。オイルショックなど、交通需要が
低迷する時期もあったが、おおむねうなぎのぼりで高速道路の交通量は増えてい
く。慢性的な渋滞が発生する区間も多く、全国に高速道路ネットワークが到達す
る前に一部区間では渋滞対策が 施されるようになった。

 バブル期から低成長期に至り、現在(2005年)需要は頭 打ちである。頭
打ちなのに、需要の見込めない閑散区間での新規開通が続いている。そのため、
高速道路は無駄なインフラとして攻められている。建設主体の整理統合にも至っ
た。本件に関しては特にどちらかの意見に賛同するというわけではない。ただ、
高速道路の建設にはかなりの年月が必要である。何らかの国家的イベントでも絡
まなければ、すべて順調に進んでも開通までには10年はかかる。バブル期に高
速道路の発注は最盛期を迎えた。このとき発注した区間が低成長期に続々と開通
に至ったのである。低成長期には発注は少ないので、今後の新規開通区間も少な
い。

 しかし、すでに発注した分だけで、ほぼ全国を網羅している。「すべて発注し
てしまい、発注する区間は残されていない」という見方もある。このあたりの解
釈は人それぞれだろう。はっきりしているのは、日本の高速道路の建設最盛期は
終わったということである。自動車先進国である欧米に30年遅れた。これから
は、欧米のように保守、改善の時代である。このフェーズにおけるアクションは
崩壊箇所の修繕が件数は多いが、規模の大きさでは渋滞対策が最大である。建設
期に比べて低予算で、沿道の市街化進行などの制約も多い。各区間の道路交通事
情、道路環境によりいろいろな パターンで対応している。

 消極的な方法には、
(1)高速道路に自動車を進入させない。
(2)高速道路から自動車を追い出す。

というパターンがある。

(1)は本線が混雑しているときの入口閉鎖、(2)は出口 の増設である。首
都高速6号向島線の駒形入口の閉鎖(終日閉鎖ではなくあくまでも本線渋滞時間
帯のみの閉鎖)、首都高速5号池袋線の一ツ橋出口の設置が、これらにあてはま
る。ほかには、高速道路の入口で、一般道路と高速道路のそれぞれを経由した場
合の所要時間を掲示して、高速道路への進入をあきらめさせるという進入抑制方
法もある。

 高速道路本線には一般道路との比較掲示はないが、高速道路同士の比較掲示に
より迂回、つまり追い出しを促進する方法もある。これらの情報提示は厳密には
別の枠組みにしなければならないのかもしれないが、決して押し寄せる需要を満
足させるものではない。あきらめさせて需要を少なくして、高速道路にとって適
量に調整 しているのである。消極的な方法に含ませても問題ないだろう。

 通行料金を値上げすることも、この方法に含まれるかもしれない。利用者の負
担を大きくして進入制限させるのである。しかし、需要に応えるというインフラ
(社会資本)の本来の目的を逸脱している。インフラは現況の需要だけでなく、
潜在需要も引 き出して利便性を高めるようにすべきである。値上げは本末転倒
である。

 近年、各地 で社会実験と称する通行料金値下げによる高速道路利用促進が実
施されている。実験中はそれなりに効果を発揮しているが、想像通り本来の料金
が徴収されるようになれば、元に戻ってしまう。なかなか定着しないのだ。高速
道路など有料道路の料金と利用の是非については、単純に通行料金の負担だけで
は判定できない。実験には関係なく値上げしても交通量の変わらない高速道路も
あるのだ。このあたりについては別の 機会にまとめたいと思う。

続く