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「硫黄島からの手紙」

(硫黄島7)

(戦車兵 神博行 2006.12)
「硫黄島からの手紙」
監督:クリント・イーストウッド
出演:渡辺謙、二宮和成、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童他

 戦争映画が大好きで語り出したら止まらない、そんな私が、ちょっと違う視点で「硫黄島からの手紙」を見てみた。
この映画、実在の硫黄島戦を舞台にしたフィクション映画である。
時代考証のことを言うと「マニア」だなんて簡単に言われるが、軍隊を知らない者の言うセリフだ。例えば小笠原兵団を率いた小笠原兵団長である栗林中将(大将が本当である)が、参謀懸章を付けているシーン、最高指揮官を補佐する参謀懸章を栗林中将が付けているのは明らかな間違いである。

 これを言うと真っ先に「マニアだ、映画には関係無いくらい些細なこと」と言われる。確かにそうだ、ここでハッキリと言おう、「硫黄島からの手紙」は良かった、その評価は時代考証くらいでは変わらない。しかし、知ってほしい、軍人は胸に付ける勲章、従軍記章、記章類一つが軍人としての経歴や武勲をあらわしているのだ。簡単な問題では無い、軍隊や階級章を知らない者でも軍刀を吊った者が「将校か指揮官なのだろう」くらいの想像は出来る筈だ。
軍隊を知る者にとって、軍装一つにそれ等が目に入ると「こんな経歴の軍人とか役職か」と即座に理解出来るのだ。

 本物の栗林中将は兵隊服を着て、前線の陣地構築を指導していた、あんなに勲章をジャラジャラ付けてなんていなかったのは知って貰いたい。あんな姿だと自己顕示欲の強いだけの軍人に見えてくる、金鵄勲章の一つもあれば軍人としての誉れとして付けていても誇れるが、映画の栗林中将の胸には武功章たるものは従軍記章が満州事変と支那事変がある程度だ。自衛隊の防衛記念章だって勤務年数も解るし、どんな方面の活動をしていたとか、レンジャーバッチなんて付いていたら「体力はあるのだろう」と勝手に決め付けてしまうくらいその人物を表す物なのだ。軍装にこだわってしまうのは視覚的にその人物像が見えてしまうからなのだ、決してマニアなんて言って片付けてい良い話では無い、軍事に対し全くの素人の意見だ。

 「勲章を欲しがるのは軍人と子供だけだ」と言う人もいるが、参謀懸章一つ、勲章一つ一つに意味があり、そんなくだらない物に命を懸けて戦う軍人だっているのである、「マニア」呼ばわりする者は軍事を語る資格が全く無いと私は思う…冗談です(笑)。

 硫黄島の最高指揮官たる栗林兵団長を補佐する参謀が出て来ないのは、栗林中将が参謀懸章を付けているせいなのかも知れない、藤田中尉(副官)も参謀懸章を付けていたが…、藤田中尉も戦死したのはもっと早い時期であった、細かいことを言うと嫌がれるが「映画なんだから」と最大限譲歩しても「硫黄島を舞台にした、実在の人物を折り混ぜたフィクション」と言わざるを得ない。この程度の時代考証のマズさは現代の日本映画も対して変わらないから、映画そのものの出来としては「硫黄島からの手紙」は良い作品だ。日本人には作れなかった表現もある、自決のシーンなど私は今までの映画でこれほどリアルに表現したものを知らない。

 「死ねば死体」なるのは当たり前だが、それが今までの映画には描かれていない、これは重要だ、戦争を美化する者はその辺を知らない。それと二宮扮する西郷一等兵が憲兵出身の上等兵に「タメ口」をきける程軍隊はフレンドリーでは無い、もちろん一等兵の方が上等兵より古参だった場合はこんなこともあるが、詳しくは映画「人間の絛件」でも見てくれ。西戦車聯隊長の中尉の部下が「中佐」なんて呼ぶのもありえない、「聯隊長殿」もしくわ「西中佐殿」と呼ぶのが正しい。それと兵隊をやたらと殴る将校が出てくる、そんな将校もいたのかも知れないが、射撃訓練とか細々した指示を一々大尉の指揮官がしているのに違和感があった、「そうだ!、この映画には下士官が出てこない!」うーん、これじゃぁ仕方無いか…。

 日本兵も海兵隊に殺されまくるだけのシーンが多く、千田少将の率いる第2混成団の挽き肉器と海兵隊から恐れられた戦術も戦いも無いのは残念だ、しかし栗林中将が砂浜で藤田副官を走らせていたのは良いシーンだ。現実に上陸時、海兵隊は砂浜の砂に足をとられ、進むことが困難となり、迫撃砲による攻撃を多用することによって、砂浜での海兵隊の被害は甚大であった、しかもその死体はバラバラに吹き飛んでいたものが多かったと言われている、水平射する砲より迫撃砲などの臼砲を多用し米軍に出血を強いたのが硫黄島戦の特徴でもある。決して栗林中将が狂って遊んでいたわけでは無い、その点を見ても栗林が島を実際に自分の足で歩いて戦術を考えていて、従来の水際による戦闘を止め、洞窟式複郭陣地による戦術に切り替えた、良く描けている。

 もちろん現地指揮官を更迭(更迭された陸軍の高級指揮官や参謀長は日本に帰った訳では無く硫黄島に残された)したり、不満を持つ者も多く、規律維持のために厳しい規律を課したため、人間関係が悪化し、栗林中将は孤立していたのも事実であった。

 そして知って貰いたい、栗林中将は父島で指揮を執っても良かったのだ、それなのにわざわざ、水不足と補給の悪い硫黄島へ自ら赴任し戦ったのだ。その最期は一説には部下の中根参謀に斬り殺されたとも言われているが、栗林大将の最期は映画のように敵陣地への最期の総攻撃であった、負傷した栗林大将は曹長に背負われながら突撃を敢行した、日本戦史に師団長(兵団長)が突撃をした戦例は無い。
ちょっと批判的な感じの批評とも受け取られかも知れないが、私はこの映画そのものはとても良い映画で、たくさんの人達に見て貰いたい映画だと思っている、日本人が作れないような硫黄島の戦いを描いた『硫黄島からの手紙』を作ってくれたクリント・イーストウッドには感謝したい。
観ていない方は是非『硫黄島からの手紙』を観て欲しい、損はしない一作であることは間違い。

 

戦車兵神博行は、『硫黄島戦闘史』を執筆

>>「硫黄島からの手紙」オフィシャルサイト